HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > 本編 26

やあやあ久しぶり。

押しの強い笑顔のおじさんに捕まったよ、助けてくれ。


前回はテンションが下がってしまって、最低限の買い物だけで帰ってしまったんだけど。
やっぱり何か目新しいものでもないか気になるしね。
気付かずに全部店に頼んでしまったんだけど、布の状態で持ち帰っても良かったらしい。
乳母か女中が縫い上げてくれるんだそうだ。

まあ、少なくとも乳母は水汲みから解放されてるし、手が空いた時間にでもできるなら良いけれど。
ちなみに俺の待ち望んだ、湯に浸かるタイプの風呂は案外好評である。
俺はともかく、他の人間は蒸し風呂や行水に慣れてるからどうかと思ったんだが。
気に入ってくれたなら何よりだ。

最近では薬草の入れ替えも兼ねて、使えそうな物は入浴剤にしてみたりしているので効能もばっちりである。
ちなみに、実はシャンプーが一番苦労した。
頭皮を不潔にするのは臭いもするし、髪にも良くなさそうなので激しく遠慮したい。
薬草の知識を学んでいて良かったと思ったのはこういうときだ。

ノリウツギ、という木がある。
それ自体はあまり日本では使い道があるのか謎な、中国でダニによる被害の治療に使われた薬である。
しかし、これを水につけるとぬるぬるの成分が出てくるのだ。
ちなみにこれは喜一君に聞いたが、昔は紙すきにも使われていたそうだ。
今はもっと使いやすい植物が伝わったので、使われていないそうだが。

肌に良さそうで、ぬめりがある。
おまけにこの木は、かなりどこにでも生えている。
夏場に白い花を咲かせる木は現代でも見ていた。
ここまで条件が揃っているなら使うしかない。
手持ちの薬草も一緒に漬け込み、特性のシャンプーで離れの人間は上から下までピカピカである。
唯一の欠点は、保存が利かないので小まめに作らないといけないことだが。

体はもちろん、古き良き米ぬかである。

毎日風呂を沸かすなんて薪の消費が増えそうだが、建物自体が元々蒸し風呂用なのだ。
一度沸かしてしまえば湯の温度はそれほど下がらない。
食事を作る時に焼き石を作っておけばそれで事足りるのである。

半ば無理やり進めたおかげで、全員風呂に入れることに成功している。
一番風呂だけは俺専用とされているが、それでも譲歩して貰った方だ。



おかげで俺達一行はこの町中の中で一番清潔であると断言できる。
なお、今回は布を合わせる必要がないので、同行すると煩かった土岐が一緒である。
喜一君は変わらないが、人数制限で彦は留守番だ。


今回も喜一君の案内で町を見て回っていたのだが、変な男に捕まってしまった。

何なんだ、こいつ。





話を聞いてみると、前回俺達が履いていたというか、足に付けていた滑り止めが気になって話し掛けて来たらしい。

今回は履いて来ていないというのにしつこくて仕方がない。
作りが気になって仕方ないらしいが、探究心の追求は俺に関係ない所でやって欲しい。
どうやら職人だったらしいが、職人魂に火を付けた形のようだ。
やれ実物を見せてくれだの、俺達の周りから離れようとしない。
最後には根負けして、日を改めて見せてやることで落ち着いた。

延々続いていた懇願から開放され、俺も喜一君もぐったりしながら呉服屋に向かった。
元気だったのは興味が店先の小物に捕らわれ、我関せず状態だった土岐だけである。



そして再び押しの強い笑顔に捕まることになる。


今度は呉服屋の店主である。
できあがった着物を待つ間、よほどげんなりした顔をしていたのか店主が話し掛けて来たのである。
俺も俺で、なかなかに疲れていたのか職人に絡まれていたのを話してしまった。
大体、俺達が履いていたのは本来山歩き用に作ったのだから、作ってもたいして意味もないだろう、と突っ込みを入れたのもまずかった。
あれを作った所で、使うのは同じように早朝の山歩きを必要とする人間、つまり薬師辺りにしか売れないだろうと。

そこで面白がった主人が食いついてきたのだ。


山歩きなら他にもする人間はいる、猟師や薪を集めに行く人間、山菜や山の幸を取る人間はどうするのだと。
猟師や薪集めなど、生活の糧にするほど山に馴染みの深い人間なら、初めから山歩きに最適な履物を持っている。山菜取りや食料目当てなら期間が限られているからわざわざ専用の器具を使うこともない。

そこまで言って、ふと零した。

どうせあれを作るなら、町中で作る方がよほど商品として成り立つ。
雨上がりというものはどうしても道がぬかるむ。
わざわざ下駄を履いて歩くのは見栄えが悪いし、それよりは草履の上から取り付けることができるのだから、あれがよほど役に立つ。
携帯用として持ち歩くにも、折り畳めば邪魔にはならないし、店で貸し出して名を入れ、店の宣伝に使うも良い。
それともそこにあるような綺麗な細工をして売り出すのも良いだろうさ。

頭の中で、江戸の時代に町中を埋め尽くしたという、宣伝用の貸し傘を思い出しながら言葉を重ねた。
ついでに、店の脇に並んだ小物を目に留めて付け足す。



そう言って主人に目を戻すと、物凄い笑顔で迎えられた。

ああ、俺は墓穴を自分で掘ったあげくに自ら飛び降りたらしい、と気付いたのはすぐだった。


落ち着いたらまた連絡します。

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