HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > 本編 33

やあやあ久しぶり。

俺は諦めたわけじゃないぞ、応援してくれ。

材料自体は揃ってるんだから、分量とか油とかを選べばきっと美味しいマヨネーズが作れるはずだ。
幸い、高草履のおかげで多少失敗しても大丈夫な位の懐の余裕はある。
できないわけじゃないなら俺は諦めない!

なんと言っても、俺には中身は大人、体は乳児だった体験がある。
ハイハイができるようになるまでに過ごした、体の自由がきかない日々。
筋肉がきちんとつくまで制御できずに、オムツの世話になった日々。

そんな日常で培った我慢強さだけは天下一品だ。
ちなみに、赤ん坊にオムツが必要なのは立てないのと同じことで、筋肉が足りなくて制御できないのも理由の一つだと知った。
できるだけ人が居る時に、すぐ取り替えられるようにして貰っていたんだが、寝ていた時なんかは・・・。
幼い体っていうのは、意思の力だけではどうにもならないものだと知ることになったよ。
おねしょを卒業できるようになった頃は、世の中に感謝しまくりたい位に上機嫌だった。
成長するのは筋肉や骨だけじゃなくて、神経やシナプスも成長するのだ。

成長痛などなんのその。
成長期万歳である。



まあそんなこんなで培った、すばらしいと自負する忍耐力を持つ俺である。

コツコツと油の種類や材料の配分を実験していけばいつか美味しいマヨネーズが作れるだろう。
その為にも、いつのまにか得ていた権利だが、始めの取り決め通りに月に一度の利益回収に赴くのである。
もちろん彦や喜一君も一緒だ。

今までの生活でも特別不満はなかったが、こうして作りたい物ができてみると収入が入るようになったのはありがたい限りである。
人の金で豪遊するのはできない小市民でも、自分の収入であるのなら存分に散在できる。

まあ、若干豪華になった離れの分の食事と、定期的に卵と油を購入する程度の出費でしかないので散在というほどではないが。



呉服屋までたどり着くと、すでに俺達の顔を覚えた店子達が出迎えてくれる。
まだ数えるほどしか顔を見せていないのに、すでに顔を覚えるとはプロである。

そのまま奥の部屋に通されると、毎度お馴染みの店主がやってくるのだ。
店主としても、最近の高草履の売れ行きにはご満悦らしく、大抵見かけるのはホクホク顔である。
そして俺達が来る日にちに合わせてやってきた職人と一緒に、売れ行きを確認したり新しいデザインを考えたりする。
まだ数がそろわない為に商品として売り出してはいないが、高草履一つとっても商売の仕方は色々ある。

高草履の構造はいたって簡単だ。
普通に板の上に草履を置いてもすぐに滑ってしまうので、踵より少し内側と土踏まずが終わる辺り、つまり下駄の歯に当たる辺りにヒールを配置する。
あとは二つの部品を連結する橋になる部品を取り付ける。
形ができたら橋の部分からでも歯の部分からでも、紐や布をつけて草履の上から足に固定するのである。

たとえば、
ヒール部分に細工を凝らす。
素材や塗装に種類を持たせる。
紐の部分の素材を変える。

単純に考えてもこれだけ種類が作れる。

だが他にも作ろうと思えば作れる改良がある。
付け外しの自由な飾りを作っても良いかもしれない。
そもそもバラバラに部品で展示して、客の好みの組み合わせにしてから販売しても良い。
大量生産の体制が整ってないからこそ、職人たちの自由にデザインを任せてみても面白いかもしれない。
自分の好きなデザインを作れればそれだけでも職人のやる気は上がるだろうし、一定の報酬とは別に、職人毎の売り上げを個人に反映してやれば技を磨く励みにもなるだろう。

職人の技が向上すれば必然的に品揃えの質も高くなり、新しく買い直そうとする客も増える。
一定期間しか作らない条件でモチーフを決めた商品を揃えるのも面白いかもしれない。
いわゆる、『季節限定』である。
俺もコンビニの季節限定には踊らされていた。

けれど、どれだけ工夫してもいつかは真似をしてくる者も出てくる。
彼らに対抗する為に、いつどの札を切るかは、商人である店主の腕の見せ所である。

まあしかし、全部の札を切り終わってもそれはそれで良いのである。
もともと簡単な作りなので、早々に競争相手は出てくるのだ。

そうしたら、それはそれで店ごとに特徴でも作り出せば良いのだ。
流行の発信場所となったかつての吉原の遊女達のように、モデルを立てるのも良い。
もともと呉服屋が本分なのだ。
着飾った娘達に通りを歩かせてみる手も使える。
飾り立てた広告塔を作って流行を操作するのも手の一つだ。
個人の趣味に任せるだけでなく、一度流行を作り出してしまえば購買力は一気に上がる。
仕入れる商品も、あらかじめ売れるだろう予測がつけば揃えやすい。


考え出したらきりがないのである。

あくまでも俺達は発案者。
商売をするのは店主達だ。


口だけ出していれば勝手に実を出してくれるというのはとても楽である。
仕入れや流通などの手段は俺達は持ち合わせていないのだから。


店に入る前に彦に仕込んでおいたアイディアを、彦と二人で、その場で考えているように見せかけながら話題に出す。
そうして、店主達との話し合いを終えた。

中には本当に彦から出てきたアイディアもあった。
文字や計算から始まって、彦に様々な知識を仕込んでいただけあってとても感慨深い。
やはり、教育というものは大事である。

想像以上の好感触に、彦の成長。
内心とても満足で、ついでに留守番をさせている土岐や乳母の土産も奮発しようかといつもと違う道を選んだのだ。

単にいつもと違う道を。
そんな思いつきでしかない考えで踏み込んだそこには、今まで俺が見たことのなかった、こちらの人々の生の生活が待ち受けていた。


落ち着いたらまた連絡します。

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