HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > 本編 39

やあやあ久しぶり。

父上からお呼び出しだよ、なんだろうね。


特別、父上から呼び出されるような変わったことはないと思うんだが。
なんだかんだ言っても、父上の部屋が一番離れに近いから、子供達の様子でも気になるのかね?
基本的に、俺から会いに行くことが多いし。

案外、あの子達の合唱でも耳にして気になったのかもしれない。


ちなみに、俺が父上の所を尋ねるのは、別に俺が何かあるって訳じゃない。
寅の、[薬草と思っているのは寅のみ]便が時たま届いた時にご機嫌伺いのついでに持っていくのだ。

なんでわざわざ持参するのかと言うと、意外に、この寅の弱点である失敗が気に入っているらしい。
見分けられないことを気に入っているのも、なにか色々と突っ込み所がある気がしないでもないが。

まあ最近は、寅も本腰を入れて剣術の稽古をしているみたいで、届けられる草も頻度が落ちた。
単に雑談がしたいだけかもしれないね。

ちなみに、時たま本物の薬草を持って父上の所を訪れることもある。
大抵は身近な物だ。
切り傷に効く物だったり、気分がすっとするだけの物だったり。

そういう話は聞かないが、一応我が家も武家である。
万が一、戦に関わることになった時のことを考えておいても損はないだろう。
戦となれば従軍する医師がいることが常ではあるが、必ず医師が無事だとも、同じ隊にいるかもわからない。
一つの傷から足や腕を切り落とすこともある、そんなご時勢だ。
当主だからとて、薬の一つで命を左右することもあると思う。


ところが、さすがは父上と言うべきか。



医術に関する才がまったくと言っていいほどない。
寅ほどではないが。

包帯に見立てた、細く切った布を渡せば自分が絡まる。
薬草を当てさせれば5つのうち2つは間違える。(ちなみに寅は4つ間違える)
時折訪れては、ついでとばかりに話すことの中で、実に繋がったのは数えるほど。
その辺りはさすがに寅の実の父だと関心してしまう。
おかしな所でそっくりだ。
最近だんだんとやんちゃ振りがなりを潜めてきた寅も、日一日と父上に似て来ている。

一番役に立ったのは、減塩の食事をする傾向になったくらいか。
それでも、それは父上ができるようになったことというか、言い付けてやらせていることである。
少し虚しい。










そんなことをつらつらと考えながら、父上の部屋へとたどり着いた。

珍しいことに、今日は母上まで居る。
離れに移ってから、会わなかった訳ではない。

だが以前と比べると、格段に頻度は落ちていたのだ。
なんとも珍しい。

今日は家族で団欒の趣向なんだろうか。
だがそれにしては寅が見当たらない。
何で俺だけ?




相変わらず、俺が顔を見る時はご機嫌麗しくない母上である。
今日も見事に目が釣りあがっている。

まだ父上の前だから額の心配はしなくても良いんだろうが、母上の手元にある扇が気になって仕方ない。

母上の姿を見つめ、しばし固まる。
気持ちを察したのか、俺を労わる様に父上が声を掛けてくる。









だが、それを遮る様に怒声が響く。








「・・・・・このっっ!鬼子めがっ!!!」


すばやく立ち上がった母上は、驚いて対処できない俺の顔を扇で勢い良く張った。




俺はと言うと、一瞬後に事態を把握した父上に助け出されるまで、勢い良く転がっていた。

いくら女の細腕と言っても、さすがに幼い身の上だ。
大人の力に敵うはずもない。
声を掛けられて立ち上がろうとした所だったので、盛大に体制を崩してしまった。

父上の部屋にあった、見事な絵柄の襖が駄目になってしまったのを残念に思う。
密かに気に入っていたんだが。

俺に手を掛けて気が済んだのか、さっさと部屋を後にした母上の後姿を目の端に写しながら、そんなことを考えた。
段々と腫れてきた頬の熱を感じながらも襖の絵について考えていたのは、母上の形相が怖かったわけでは断じてないと思う。



落ち着いたらまた連絡します。

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