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玉兎と呼ばれる男がいる。

男は、最近何かと有名な玉兎の頭であるらしい。

薬学に通じ、世の世情を読む事に長けた男は、ここ数年で急速に力を付けていた。
それこそ、玉兎といえば、言葉も知らぬ幼子以外知らぬものはいないというほど。

ここ数年で、衰退し始めた町を活気の溢れる、今が春とばかりに栄える町に変えてしまうことすらしてしまった。
その癖、玉兎寮と名乗る、自分達の巣から出て来ない。



口は出せども関わらず。



実際に、商売に関わることはしていないはずである。
玉兎はあくまで、作ることが本分である。
医者顔負けの薬学の知識がその証拠だ。

ところが、大抵の信頼できる儲け話には、玉兎の影がちらついている。
現実に店を切り盛りしているのは彼らではないはずなのだ。
だのに、実際は金魚鉢に入った小魚のごとく。
こちらからは触れられぬ、あちらも触れてはいないはずなのに、すべてを握っているのは玉兎なのだ。



あれに見入られたが最後、月の影からは逃げられないのである。








自分達が月に捕まったのも、必然だったのかも知れない。

何者にも捕らわれぬ、自由の民。

そう言えば聞こえがいいが。
実際は、山から山へ、町から町へ。
山野を移動し、定住せず。
山から生まれ山へ帰る漂泊の民。
それが自分達だ。

里人に疎まれ、降りることも出来ず、さりとて疎まれる原因である生業を失くしては立ち行かず。
一人や二人なら紛れる事はできても、一族を捨てるわけにもいかず。
時折、権力を持った里の人間に良い様に使われ、使い捨てにされる。
なるほど、最も身分の低い里の人間より、さらに下の存在でしかない我等はさぞ使い勝手が良いだろう。
元が山野に生きる民。
安穏と里に生きる人々などよりもよほど腕も立つ。

その使い勝手故に、それを失わぬよう、表に出て来ぬよう虐げられているのも感じていた。
だが、知った所でどうにもならない。
自分達は、表には出られぬ。
ただただ世の中の影として、目立たず、ひっそりと生きるのみであった。







あの時もそうだった。

里の人間の悪意から来る嫌がらせ。
何やら、気に障ることでもあったのかも知れぬ。
単なる遊びだったのかも知れぬ。
理由が何であったのかは自分には関係なかった。
自分に関係があるのは、自らの足に食い込んだ、忌々しい仕掛けのみ。


一族の者とも違う。
一族の者は、猟で使う罠を仕掛ける場合、特有の印を周囲に残す。

一族以外で、山野を縄張りにしている者達でもなかった。


なぜなら。
罠が仕掛けられていたのは獣道ではなかった。
注意を呼び掛ける、印もなかった。


明らかに、自分達に害をなそうと仕掛けられていた。
これが初めてではない。
自分達より立場の低い者を、自分達と違う異端の者を、いっそ純粋な素直さでもって里の者達は嫌う。
疑いの余地もなく正しい行いをするつもりで、我等を害するのだ。

それでも、普段なら用心して過ごしている為にこんな罠などには掛からない。
なぜその時に限って気付けなかったかと言うと。
単純に、運が悪かったとしか言い様がない。
数日前に周囲を襲った嵐は、里人の仕掛けた拙い罠を隠した。

葉が、泥が、土が、枝が。

綺麗に、普段なら見抜けるほどの罠を森の一部にしてしまったのだ。


見事に食い込んだ罠に足を取られ。
体勢がおかしな方向に崩れているせいで自ら解く事も適わない。
さらには、血の匂いに惹かれた狼まで襲って来て、最後の手段である鉄の弾すら使う羽目になってしまった。


どうしたものかと悩んでいる時に、人の足音が聞こえた時はさすがに肝が冷えた。









結局、出会ったのは白兎とかいう子供と、のちに玉兎と呼ばれることになる、その時はまだ彦と呼ばれていた少年であった。

山の民である自分達に偏見を持たぬ、親を失った狼の子とて隔たりなく手を差し伸べる、白兎という子供を気に入って。

親を失った子供達だけで暮らしていることを、自分達に重ねたのかも知れない。
本来であるならば、町の片隅で、大人になることもなく大半が朽ちてゆく定めだった子供達だ。
同情しなかったと言えば嘘になる。
普段、見せないはずの仏心を出したのかも知れなかった。

時折顔を出す傍ら、猟の成果をくれてやることもあった。
しばらく通ううちに、商人との繋がりがあると知って、代わりに取引を頼むようになった。
自分達が直接出向くよりも、里の人間を通した方がまっとうな取引になる。
子供達は、思っていた以上に賢かった。

大人に頼らず、自分達だけで生きるすべを持っている。
山野に馴染む自分達と同等か、場合によってはそれ以上の薬草の知識を有していた。
しかも、集団でそれを扱い、成果を重ねて、より詳しい知識に高めてさえいる。

末恐ろしい。

そう思った。
共に過ごす時間が増えると共に、彼らの特異性を理解した。
その中心が白兎だということも。
なるほど、子供達だけでここまでの集団になったのだ。
その結果はすばらしい。


そして、すばらしいからこそ、近いうちに破綻するだろう。
そう思った。


彼らは幼い。
そして、庇護者がいない。
ゆえに、早晩、益を求めた小ずるい人間の餌食になるだろう。
集団とは、利益を守りきれるからこそ存在できるのだ。
どれだけ利益を生み出せても、それを得られなければ意味はない。

最後まで食い尽くされて消えるか、飼い殺しにされる先が待っているだろう。
今はまだ、正面から玉兎を食らおうとする人間はいない。
闇に隠れて技を盗もうとする輩は、山を縄張りとした狼共に等しく食い殺されている。
気付いているのか、知らぬのか。
幼い獣に庇護を与えていたはずが、自分達が獣共の庇護にあるということに。
さすがに子供に見せるのも咎めるので、片付ける位はしてやるが。
それ以上は分を過ぎている。

そう考えたのだ。
そして、自分達には関係のない、里の人間の営みだ、と、半分割り切って見てもいた。









そう考えていた矢先、自分達は月に囚われることになった。

のちに玉兎と呼ばれる子供は、自分達を一族ごと囲った。
始めてあった時、白兎と呼ばれる子供も、まだ彦であった子供も、何も気付いてはいないのだと思っていた。
いくら賢いとはいえ、世の中を知らぬ子供であれば大丈夫だと、なぜ思っていたのか。
秘儀とはいえ、あれを知らぬものがいないとも限らなかったのに。




そうして、それを餌に、まんまと長と取引をした子供によって、我等もまた守られることになる。

交わした約定は、
山間特有の薬草の保護、栽培、及び分布図を作成し、把握すること。
一族の薬草の知識を受け渡し、玉兎の育成に、力を貸すこと。
そして白兎や玉兎寮に悪意を持つ者を排除すること。

今まで権力者に、理不尽に押し付けられた役目からしたら、容易い事。


反して、得たものは。
玉兎を通すことで、自分達は差別を受けず、里の者の目から隠れて生活することができる。
彼らに混ぜて学ばせることで、子供達に学と、里の者から追われぬ立場を与えることができる。
里の者の協力があれば、隠れて放浪することなく、地に根ざした暮らしをすることができる。
そして、玉兎が保有する新しい薬学の知識。
それも我等の力になる。


流れながら生きてきた自分達にとって、寄る辺ができるというのは大きい。
追われぬ生活を子供達に与えることができるのだ。
山の恵み、日々の天候に、一喜一憂しながら飢える友を見なくて済むのだ。
そして、捨て駒であると知りながらも、己の手を汚すことも。






彦に、誰とも区別することなく照らし出す月に、賭けてみることにした。

受け入れてみれば、彼らの傍は居心地が良い。
一見して、彦の手中にあるかと見える玉兎だが、その彦本人が白兎の為にしか動かない。
大成を望むかと思えば、所望するのは日々の安らかな暮らし。

驚くほどの知識を所有し、自分達まで取り込んで、何を望むかと思えば、平穏。
まったく、よくわからない連中である。
我等に連なる者達の中で、定住を決めた者達は大半が、侍共の手下に成り下がっている。
生業を考えれば至極当然である。
その気になれば裏工作、破壊活動までこなせるのではあるが。


孤児を装って潜り込んで来ようとする人間の身元の洗い出し。
進入しようとしてくる間者の排除。


彦の大事な主である、白兎に知らされぬ部分と言ってもこれくらいである。
神経質な割に、真実孤児だと判明した存在にはひどく甘い。
そして不可解なことに、玉兎寮に暮らす子供はひどく仲間意識の強い人間に育つのだ。
それは預けている自分達の子供も例外ではなく。
これではいつか自分達は私兵に成り下がる。
そう思っても、それはそれでたいして問題にならないのではないかと思う。


里に降り、知識を学んで、玉兎という後ろ盾を持つ。
特別、不利になることはない。


それなら精々、潰されぬ様に力を付けてやるだけだ。
幸い、他の子供達も体術や処々の術(すべ)を身に着けることも厭わぬ所か、進んで学んでいる様子である。
この分では、早晩、玉兎が母体であったのか我等が母体であったのか、交じり合うことだろう。







望む通りに守ってやろう。

だから我等に先をくれ。
お前達が消されぬよう、出来うる限り力をやるから。

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