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男の主は、年々と落ちぶれていく家の主だった。

主がそうであるのだから、当然、男も落ちぶれていた。

主替えをするべきかも知れない。
そうは思っていても、鞍替えをした先で、今より扱いが下がらないとも限らない。
そう考えて、年を重ねると共に閑散としていくような町を、そこを束ねる主を見続けていた。

この主にもっと才覚があれば。
己がもっと栄えた家に仕える血筋に生まれていれば。

そう考えるも、家を盛り返す手段も無く、自分にもそれを助ける力量はなかった。




変化があったのは、主に子が出来て数年後。

抱えの職人を保護し、そこから上がりを取る形で家の財政を立て直した。
年々豊かになる家に、喜んだ。
主家が豊かになるということは、自分達の生活も豊かになるということだ。
以前は滅多に行うことの出来なかった宴は、今では頻繁に行われる。

周辺地域は栄え、家の財政も潤っている。
今まで見下していた家の者さえ、今では媚びへつらうほどの勢いだ。
さもあろう。
古くからあり、一時はかなり栄えた家柄である。
当然、そのうちに抱え込んだ血筋はかなりのもの。
血筋や格式はあったものの、周辺の町が寂れると共に財を失ってしまっていた。
だが、今ではその財も盛り返し、お家の格も高い。

最近では、城におわす殿の覚えもめでたいと聞く。
若君の婚礼の話がなかなか決まらぬのも、今となっては納得できる。
どの家と繋がりを持つか、決めかねておられるのだろう。
なんせ、今までは相手にもされなかった家の娘まで、婚礼のお相手にと名乗りを上げるのだ。
お家の栄えは著しく、今後もますます栄えるだろう。
いずれは、現在話の来ている家よりも格の高い姫君との話も来るはずだ。
まったく、喜ばしい限り。







あとは、二の若様さえしっかりしていてくれれば言うこともなかったのだが。

まだお家の再興のなされる前、二の若様が幼い頃。
病弱ゆえ離れに移られてしまった。
幼い時分のお姿しかお見かけしたことはないが、度々熱を出されていたご様子。
あれでは武家の子として身を立てることすらできまい。

幸いにして、長子である一の若君は健康そのもの。
跡継ぎの問題は無いにしても、あのご様子では、たとえ元服しても離れから出ることすらできないだろう。
何よりも体面と格式を重んじておられるお方様の子として生まれながら、一つとして勤めを果たすことも出来ぬとは、なんとも哀れ。

下手に幼少のお姿を覚えているからか、屋敷に古くから使える家人達は、二の若様に同情気味のようだ。
時折、思い出したように二の若様のことを尋ねて来ることがある。
幼い頃より離れで過ごしているのだ、同情しないわけではないが。

そのおかげで家中が落ち着いているというのもまた事実なのだ。
前妻であられる、お方様の姉君様のお子とお方様の子。
長子相続が世の常とはいえ、人の情はその通りにはいかぬ。
二の若様がご病弱だからこそ、いらぬ波風が起こらぬと言えぬこともない。

激しい気質のお方様のこと、もし二の若様がご健康であられたなら、ご自分の子を後継にと望まれたかも知れない。
まあ、それも今となっては要らぬ心配だが。

自らの期待に応えられぬ故か、お方様は二の若様にひどく冷たい。
離れにおられるといっても、隔離されているわけではないのだ。
母上であるお方様の訪れを阻むものなど無い。
それであるのに、お方様は二の若様に興味を示さぬのだ。

一の若君である寅若様の、あの元服の折、久しぶりに拝見することになった二の若様へのお方様の態度は厳しかった。
ほんの少しの粗相も許さぬとでも言うのか。
厳しい目で二の若様を見ておられた。

あれで朗らかに笑えば、ひどく人目を惹く御容姿であるのに。
嫁いで来られた頃から硬い印象ではあったが、ここまで頑なでは。
主様もやりにくかろうと思う。
後継も育っているということも、この場合は災いしてか。
ここ数年はお渡りもないという。

お家が力をつけたこともあり、ご側室を迎えるかも知れぬという噂も本当やも知れない。
あのひどく矜持の高いお方様が、それを受け入れられるのかが気になる所だ。






そう考えながら歩くうちに、最近多く嗅ぐ事になった香りがした。

香りの元は、同じく主の下に参上していた同僚。

お前もか。
そう言いたい。


この香りは、最近玉兎が売り出した育毛剤の香りだ。

正直、俺は玉兎が嫌いである。

あいつらが口を出すようになってから町はにぎやかになったし、薬はよく効く。
実際、育毛剤を使っている同僚の頭も、以前ほど寒々しくはなくなってきた気がする。
だが、それがどうした。

たかが親なし子、親にすら見捨てられたやつらの集まりだ。
そんなやつらが周囲をうろついていると思うと、不愉快で仕方がない。
以前町中で見かけた、玉兎の頭こそ、高価な着物を纏った商人の子である。
だが、それでもその大半は孤児である。

孤児は孤児らしく、町の片隅で大人しく縮こまっていればいいのだ。



そうは思うのだが、あいつらが有用なことは事実。
町の商人や職人連中とも懇意にしているから、下手に表立って排除することもできない厄介さだ。
あいつらが庇わなければ、早々に圧力を掛けてやるものを。

さすがに、商人連中にそっぽを向かれたら俺達武士でも立ち行かない。
まったく、不愉快なものだ。

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