HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > 本編 59

やあやあ久しぶり。

詐欺だよ詐欺。
この時代、水田に豊富にいるやつじゃなくて。


最近、子供達を心配してばかりで寮に篭ってた俺を心配したのか、彦が俺を町に誘ってくれた。
子供だって思ってるのは俺だけで、本当はこの時代では大人扱いってことはわかってはいるんだけど、俺からしたら心配なんだ。
今までずっと手元で育ててたしね?

でも、彦に心配を掛けてたのもその通りだったから素直に出かけることにしたよ。


いつもと同じに、彦と喜一君と一緒に町へ向かった。
寮から町へと続く道は、昔に比べると随分と華やかだ。
寮の子達が持ち回りで道に飛び出してくる枝なんかの剪定をしたりしてるし、何かと使う道だからと花を植えたりもしているので目にも楽しい。
季節ごとに咲き乱れる花々を見ていると、飽きずに町まで歩ける気がする。
梢の揺れる音、小鳥の声。
遠くから聞こえてくる子供達の声。
一つ一つの花や木に、それぞれ世話をしていた子のことが思い出されるけど、健やかに伸びる木々を見ると、不思議にあの子達も同じ様に健やかに過ごしているのではないかと思えてくる。
彦が気分転換に、と誘ってくれた理由が良く分かる。
閉じ篭ったままよりも、外に出て色々な刺激を受ければおのずと気分も変わってくるものだ。






ここしばらく続いていた鬱々とした気分は一新。
改めて、前回呉服屋の主人の相談に訪れてからは久方ぶりとなる町を見回す。
以前はその他にもちょくちょく町を訪れていたのだが、ここしばらくは子供の心配ばかりで閉じ篭っていたので、見慣れた町並みも少し新鮮に映る。
普段は、大抵は大通りに沿って周囲の店を見回しながら馴染みの店で話をしてから戻る。

玉兎の代表と思われてる彦と一緒にいるから、俺のことも玉兎の一人だと誤解されているのか。
あちこちの店で話掛けられたりお茶を貰ったりしながら進むのだ。
最終目的地は始めに知り合った呉服屋だが、そこに至るまでにもあちこち覗くのでペースはかなりゆっくりである。
今では玉兎寮と町との大事な繋ぎでもある、呉服屋の店主と出会った頃と今では、寂れていた風情だった町も賑やかな町へと変化している。
あちこちに見えるのは湯屋やそれ目当てで訪れたラフな格好で歩く観光客の姿だが、その一方で職人や商人の姿も多い。
父上が竹布団の職人の庇護をしていることや、玉兎が細工物にも関わっていたりすることもあるので、いつの間にか集まって来ていたのだ。
おもわぬ誤算だったが、お土産として売っていたり、買い付けに他所の商人が出入りしたりして町の売りの一つになっているので嬉しい限りである。
現代のように道路が張り巡らせてあるわけじゃないので、他所の土地に商売の手を伸ばそうとするには一々流通ルートや輸送手段を作らなければいけない。
どの道を使うのか、何で運ぶのか。
人を雇って運ばせるのか生業にしている業者に任せるのか。
道が平坦じゃなかったり細かったりするので、運ぶ際に優先させることによって道を使い分けたりもするのだ。
もちろん船を使ったりして工夫はしているが、それは川付近までだ。
水場から離れた土地や船の入り込めない上流の土地になると、地道に馬や人が運ばなければ荷は届かない。
なのでこちらまで買い付けに来て貰えるのは嬉しい。

というか、寮の維持費を得る為に商売の手を広げていると言っても過言ではない。
限られた土地で継続的に利益を上げるのも出来なくはないけど、どうしても段々と先細り気味になってしまう。
基本的に委託販売とかばっかりで直接商売をしてるわけじゃないのも原因の一つではあるが。
子供達に仕事をさせるのを俺が避けたいんだから仕方がない。
正直、勝手に売り上げを増やしてくれる存在はありがたかった。
なんせ衣食住に学習教材に取引上の必要経費まで、すべての費用を毎月の売り上げで賄わなきゃいけないのだ。
正直、結構余裕はない。
いや、別に貧乏なわけじゃないけど。
メザシと沢庵で日々過ごすほど赤貧なわけじゃないけど、外食を日々利用できるほど余裕があるわけじゃない感じか。
うん、我が家でご飯が一番だよ、と言ってみる。
うちのご飯は美味しいけど、贅沢品に入る油をしょっちゅう自由に手に入れられるほどのゆとりが懐にない。
自分でそこまで連想してちょっと空しくなった。







材料費が(この時代にしては)高い趣味は片身が狭いよね、と遠い目になった。

寮の財政状況を考え出して少し意識が逸れていた所に声が掛かる。
町の人間は、玉兎の子達が色々薬を作ってあげたりしてるので仲良しだ。
特にあちこちで代表として動いて貰ってる彦の顔は有名らしく、うちの子の腹痛が…爺様の腰が…と言った人達からお礼を言われることも良くある。
あちこちで声を掛けられる彦や子供達を見るのは、俺のちょっとした楽しみでもある。
親馬鹿の自覚はあるが、褒められればやはり嬉しい。

普段なら一般の町の人達と話をしつつ、さすが商人と言うべきか、頃合を見計らって声を掛けてくれる店の人に呼ばれて一段落着くのだが。
今日はなぜか話の最中に声を掛けられた。

彼らは商売柄か人の会話の間を察するのが上手く、普段ならそんなことはないんだが。
特に急ぎの用事にも覚えがないし、何かあったんだろうか?







一言に商人と言っても、実際に直接俺達が関わっている人達は案外少ない。
高草履の件で彦に身代わりになって貰ったことでわかるように、俺の出自がばれてしまうとまずいからだ。
父上に叱られ、母上にもお説教を食らうことになるだろう。
武家の子が商売をしていたなんてことが外に知れたら、周りの目がとても痛いことになるのは目に見えている。
別に、元武士が農民になっても商人になっても平気なんだけど、「武家の子」が商売をしているのは駄目らしい。
親が養ってやれていないのかって話になるし、「武家」である限り商売はできない。
生産者じゃなくて、為政者ってスタンスが強いんだろうね。
もっと身分の下の方の武士なら兼業で職を持ってたりもするけど、我が家の場合はそういうわけにもいかない。
「武士」と「商人」の両立はできないのだ。

だからこそ、その秘密を守る為に人の盾の中に身を隠しているわけだ。
始めに話をした呉服屋の店主と職人、直接関わっているのはこの二人。
玉兎の子が町で何かを買ったり売ったり、または作ったりする時も基本的には彼らの伝を頼むことが多い。
何せ付き合いが長いから事情をわかってくれてるし、長く付き合いのある職人達はそれだけ技術が高くなっていたりする。
必然的に、玉兎の中の細工が得意な子達と馴染みの職人達の、ほとんど内輪みたいな状態で新商品を作っていたりなんかは日常茶飯事だ。
その後の販売なんかも、彼らを通して他の商人達に繋がっていく形になっている。
呉服屋の店主は対応を代わりに引き受けてくれたりしているので、こちらとしても助かっている。
基本的に、直接関わっているのは薬師として相対する場合か、一番大本に商品を納品する時位で、他の知り合いも数えるほどだ。
呉服屋の店主か職人が口ぞえでもしてくれたのか、他の商人たちも俺達が取引をするのが最低限で済む様に気を使ってくれている。
あんまり取引とかに時間を割かれると、勉強したりする時間が取れないしね。



俺達を呼びに来た店子に案内されて、そのまま店の奥に通される。
この店は普段はあまり訪れることはしない、とはいかなくてもかなり少ない方だ。
店先がゆったりとしているので、大抵は店の表で話をする程度なんだが。
急ぎの様子で呼びに来たこともあるし、何かあったのかも知れない。


普段長居させて貰っている呉服屋とは違って、少し町の中心部から逸れている土地に立つ建物は、裏手に回ればそのままプライベートスペースである母屋に直結している。
急激に大きくなった反動か、件の呉服屋を始め、中心部に存在する店舗は母屋を削ったり移築してまで店舗の広さを確保しているのに比べ、こちらはまだどちらの建物もゆったりとしている。
そういえば、この周辺は比較的広い土地を有する家が多いな。
先を歩く彦の背中を視界の端に写し、渡り廊下を歩きながら、広々とした庭を眺めてそう思った。

しばらく歩いて、店舗から一番離れた場所になるであろう最奥。
表からは見えない位置に趣味良く配置された離れがある。
この店は、今や主だった商人達を取りまとめる呉服屋の主人以前から、付近を取りまとめていたご隠居の、その息子が跡を継いでいる。
奥に通されるということは、ご隠居からお呼びが掛かったのだろう。
好々爺然としたご隠居で、定期的に薬を届けている子供達なんかはよくお菓子を貰ったりしていると聞いている。

こじんまり離れはさすがに主人の性格を反映してか、落ち着きがある中にも趣が感じられる造りだ。
作り自体はこれといったこともなくシンプルなのに、丁寧に手を掛けることで離れ全体が質良く感じられる。
室内に声を掛ける為膝を付いた、廊下の木目までが磨き上げられて艶を放っているようだ。

役目を終えた店子が下がるのを見届けたのち。
一声掛け、彦に続いて入室した俺の視界に入ってきたのは、なぜか勢揃いしている商人連中。
その中にはもちろん、というべきか、なぜか、というべきか今日も訪れる予定だった呉服屋の店主の顔もある。

あれ?
俺何か忘れてたっけ?
不意打ちドッキリ的な企画はこの時代なかったはずだけど。

















いきなり呼び出されて、全員集合で何かと思ったら、その口から出たのは詐欺情報。
事態は思ったより深刻だったみたい。
詐欺ですよ、詐欺。
まったく、困っちゃうね。

俺達が把握している以外の所で玉兎の商品が流れてるらしいのだ。

別に、高草履を代表とする工芸品とか、使用期限のない物なら構わないんだけど、どうやらそうじゃないらしい。
勝手に流されてたのは薬草水とか、薬関係、使用期限があるというか、作ってから時間を置くと変質したり効果自体が弱くなってしまう類の物だ。
変質したり効果が消える物とかがあるから、他の工芸品と違って俺達が把握できる範囲でしか流通させてなかったんだけど。

ある意味、そのせいというか。
他の品と違って、薬関係は古くから付き合いのある商家を中心として出回っている。
逆に言えば、新規の場合は手に入れずらいというか。
特に劣化の早い薬草水なんかは、基本的にこの周辺地域だけで消費が終わっちゃってるようなもんだから、外から来た商人が目を付けても仕入れることができないんだよね。
唯でさえ最近は武家やらに納品することも多くなってきてた所だ。
一部を除けば長期保存ができないし、蒸留する薬の扱いから蒸留作業自体まで一括で玉兎がやってるから、なかなか作る量を増やせないことも一因である。

子供達にも勉強する時間があるから、蒸留作業ばっかり手伝わせることもできないし。
こっちにも色々と理由はあるんだけど、それでも欲しいって人はいるし、扱いたい商人もいるわけで。
そこを嗅ぎ付けた人間がいるって事らしい。

けど、正規のルートで販売してくれてる店の人と違って、そういう人達は品質を保てる期限とか保存方法、小売の際の注意とかも知らない。
そして近場で扱えばさすがに俺達も気付くから、離れた場所で売りさばく。
そんな適当な扱いをされた物の品質が落ちないわけはなくて、結果的に玉兎の薬が効かなかったって噂が出た。



「それは・・・つまりは横流しに加担している人間がいると?」


黙って話を聞いていた彦が低い声を出す。

ああ、彦が怒ってる。
一見落ち着いて見えるけど、内心はすごく怒ってるよ、彦。

彦って内に溜め込んで怒るんだよね。
喜怒哀楽がわりとはっきりしてる寅や土岐なんかに比べて怖くないと思われがちだけど。
以前、土岐が間違って、残してあった彦の分のプリンを食べちゃった時はひどかった。
空気がトゲトゲしてるというか。
目が笑ってない笑顔で淡々と追い詰めるんだ。
そこに座りなさいから始まって、一から十まで正論できっちり話し込んでくるのが土岐なら、気にしてないって言いながら、チクチクと遠回しな言葉で追い詰めるのが彦。
土岐に怒られれば足が痺れて痛くなるけど、彦を怒らすと胃が痛くなるから苦手だ。


ちなみに、その日の夕食はすごく自然に土岐の食事だけ足りなかった。
さすがに可哀想になって取り成したけど、俺はそれから彦は怒らせないようにしようと決めた。

仲間意識が強いのか、昔まだ町に馴染みきれてなかった時に寮の子供が苛められた時なんかもすごく怒ってた。
さすがにそれは、心象を悪くしたらまずいのはわかっていたのか。
土岐の時みたいに仕返ししたりもしなかったから安堵したけど、怒ってたのに違いはないし。
玉兎の評判を落とすようなことをされて怒っていないはずがない。
おまけに今回は玉兎の信用に関わることだし、なんとかしないわけにもいかない。

帰ったらみんなで対策を練らないといけないなあ。
一見冷静に見えて、淡々と相手方の情報を聞いている彦を見つつ考える。
頭に血の上った彦が、直接制裁とかに乗り出さないように留めないといけないし。
今日は普段使ってるのより貴重な、彦の気に入りの薬草水を風呂に入れてやろう、そう思った。





しかし、だから今日はご隠居さんの所だったのかと納得した。
表立って騒げば、対面を大事にする客商売に支障が出る。
だから内緒で片付けちゃいましょうってことだ。

中心部から少し外れてる上に、離れで集まれば、出入りの時間をずらせば集まってることもわかりずらい。
それこそ裏から出入りしたり、店子用の出入り口まで使えばもっとわかりずらいだろう。
おそらくその為に場所を提供したご隠居さんに感謝しつつ、俺達がここに案内された言い訳として、一目でお土産とわかる風呂敷包みを受け取ると店を後にした。


ご隠居さんに土産を貰って、浮かれてる風を装いながら町を歩き、先回りして店に戻った店主達と何食わぬ顔でいつもの様に話をする。
時間を置くことで彦も少しは落ち着いてくれると良いんだけど。



落ち着いたらまた連絡します。

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