HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > 本編 60

やあやあ久しぶり。

やっぱり彦は怖かったよ、慰めてくれ。


町を回ってるうちに落ち着いてくれないかなって思ってたけど、やっぱり駄目だった。
うん、風呂やら料理やら、彦の好きな物を取り揃えてやっと落ち着いてくれた。
あれだ、うっかりお母さんを怒らせちゃった時の家族の心境というか。
俺達に直接被害があるわけじゃないんだけど、やっぱり機嫌が悪いのはわかるから落ち着かない。
何とかなって良かったよ、うん。
何とかなった、と思いたい。
願わくば、ねちっこく根に持ってたりしません様に!
俺が怖いから。
小心者と言うなかれ、平和主義者と呼んでくれ。

不機嫌な相手の傍に居るのは地味に精神が削られるし、彦は養い子って言っても、俺より肉体年齢が高いので当然背も俺より高い。
まだ成長期が来ない俺では、宥める為に肩に触れるのも上を仰ぐ形になる。
長時間その体勢はさすがに辛いんだよ。

ちょっと切ない気持ちになりそうだけど、父上も昔はチビだったし、俺はこれから伸びるんだと期待して待ってるよ。



それはともかく、寮に戻ると思わぬ援軍がいた。
以前送り出した玉兎の子供達だ。
帰宅して広間に顔を出せば、そこにははしゃぐ子供達に混じって久々に見る懐かしい顔、顔、顔。

話を聞くに、最近手紙が来なくて忙しいのかと思ってたら旅の途中だったのか。
寮に戻る頃には彦の機嫌も最悪だったし、説明もそこそこに、とにかく彦用のおやつなんかの量を増やして一緒に帰還を喜んだ。
いくら不機嫌絶好調な彦でも、兄弟とも家族とも言える彼らの帰還は素直に嬉しいらしい。
気に食わないこととは別件、と割り切ったのか、どうにか機嫌を直して貰う事に成功した。
別に彦の機嫌を取る為に今日帰ってきたわけじゃないのはわかるけど、今日帰って来てくれたことにはお礼を言いたい。
そんな彼らだけど、彦の機嫌を直して改めて話を聞いてみたら、なんと派遣先を辞めて戻って来ちゃったらしい。
始めに見た時は休みを貰ったのかな、程度に思ってたから聞いてびっくりしたよ。

どうも、馴染めなかったようだ。
しゅんとした顔で受け入れて貰えなかったと言われると、それ以上聞くこともできなくて、久しぶりに一緒に風呂に入った。
久しぶりのうちの風呂だ、と喜んでいる子供達を見るのは素直に嬉しいけど、派遣先で彼らが身の置き場のない思いをしていたかと思うと俺としては複雑な気持ちだ。
帰って来てしまうほど馴染めなかったのに察してやれなかった自分に対して。
良い関係を築けた人もいたようだけど、どうしてもそりが合わない人間だっている。
わざわざ呼ばれて行った仕事としては失敗だけれど、ギスギスした職場で働くよりは、戻ってきてやり直して貰えた方が俺も嬉しい。
やっぱり、子供達にはできるだけ楽しく日々暮らして欲しいしね。

時折思い出し笑いならぬ、思い出し不機嫌に陥っていた様だが、おやつや仲間の帰還のおかげか、彦の機嫌も大分回復して、戻ってきた子供達とも仲良く話をしていた。
寮の中でも年長の彼らは、歳が近いことや一番長く一緒にいることも手伝って以前から仲が良かった。
そりゃあ、寮を作る前からの付き合いだしね。
離れで一緒の部屋で寝起きしてた頃のこともも懐かしい。

固まって話しに花を咲かせている様子の年長の子達の代わりに、幼い子達の様子をみる。
彦達は、俺や周囲の子供達が風呂から出た後も、長いこと話をしていたようだ。
久々の再開で嬉しいのはわかる。
けど、仲が良いことは嬉しいけど、あんまり長湯するとふやけるぞ?






みんなで一緒に食事を取る事を目的に作った広間。
その広間一杯に、子供達のお土産が並んでいる。
あちらこちらから、土産を喜ぶ子供達の声が聞こえて来ている。
派遣先を辞めた彼らは、どうやらまっすぐ帰って来たんじゃなくて、周囲の土地に足を伸ばしながら帰って来たらしい。
一体どこまで足を伸ばしていたのか。
ここからは離れた地域特産の食べ物や薬、珍しい織の布や手に入りずらい書物。
あちこちの特産物を貰って、年少の子供達はご機嫌だった。
子供達が帰ってきたこと自体も嬉しかったけど、俺もお土産は嬉しかった。

なんと言っても、今まで使った事のない香辛料を買って来てくれたのだ。
どうやら異国から入って来たらしいそれは、どこの国の物なのかはわからない。
なんせシルクロードでも通って来られたなら、あちこちの国の物が交じり合うなんてこともありえるし。
直接取引をするのは大陸が多いんだろうけど。

横流しの件が一段落したら、ぜひとも味見をして、新たなるマヨネーズの開発に精を出すことにしよう。
今からにやける口元を押さえられない。




子供達とお土産を眺めながら笑みを浮かべていると、背後に繋がる通路から彦と残りの子供達が戻って来た。
マヨネーズはとりあえず置いておいて、まずは横流しの対処だよな、うん。
それが解決しないと、そもそもマヨネーズを開発する為の資金にも事欠いてしまう。
繰り替えすが、大人数の衣食住に加えて勉強や実験に使ったりする分の費用を考えると、そんなに余裕にしてられるわけではないのだ。
子供達の為になれば、と買い集めている書物なんかも、実は結構値が張る。
なんせ、一冊一冊手作りだからね。
他にも茶道具とか楽器とかも現代に比べると驚くほど高かったりするけど、それでも買い揃えておきたいのだ。
前にも言ったけど、この時代、生活に必要なもの以外の知識はなくても実生活には困らないけど、それが意外な所で評価に直結したりする。

例えば、出されたお茶に「~~のお茶ですね」と言えば、それだけで茶を嗜む教養があること、味の判別がつくほど茶を飲める財力があること、そして茶を手に入れられるツテがあることがわかる。
さらに言えば、茶を教養の一つに加えられる余裕が財力、知識共にあることまで相手には伝わる。
それが役に立つ将来を迎えるかどうかは子供達次第だけど、少しでも子供達を助けられる経験を与えてやれればと思う。
今はまだ俺の元に居てくれるけど、俺がずっと守ってやれる訳じゃない。
俺もそう年を食ってる訳でも、明日にも命運が切れそうなぐらいひ弱な訳じゃないけど、少しでも可能性は潰しておきたい。
拾った当時の子達みたいに、襤褸を被って町の片隅で縮こまるような生活を送らなくて良いだけの知識と経験を。


だからこそ、もし評判が落ちて、売り上げが減ったりすれば困ってしまう。
改めて考えて見なくても、結構切実だ。

一つ一つ土産を広げて説明してやっている様子を見ながら考える。
元々、直接患者に処方する風邪薬や熱冷ましなんかと違って薬草水関連なんかは、大本となる店に一括で卸して、そこから他の店に卸して貰っているのだ。
個々に届けたりするのは、こちらの人数が少なかったりする関係でできない。
無理にそれをしても、本来の目的である子供達の教育の時間が取れなくなってしまう。
本来は、店から渡る際に期限や扱いも伝えて貰っている。
そこから個人に売り払われた後も、元々すぐに使い切る分量までしか一度に売ってないのだ。
直接肌に触れたりするものなので、売れ残りの期限が切れた物に関しては破棄して貰うようにしている。
そこは、あえて付き合いの深い店だけで限定して売っていることもあり、徹底している。
現代の薬のように精製してある訳でもないそれは、劣化したり変質してしまうのも早い。
だからこそ、使い切りの単位で販売して貰っていたわけだ。
本当なら劣化した物が出回ることもない。

それがなんで流れてしまっているのかというと、おそらくいくつもの店で客を装って買い集めているんだと思う。
そうしてある程度量が揃ったら運んで売っている、ということだろう。
一度売値になるわけだから、本来なら利益が出にくいと思うんだけど、そこは日持ちのしない品だからこそ。
地元の町を中心とした、ごく限られた場所でないと売っていない物なら、少し離れた土地に持ち出せば欲しがる客はいるだろう。
うちの商品の評判を、町を出入りする人間や、親戚関係にある人間から話を聞くことができるとすれば、商品が出回っていない地域の人間でも欲しがっている人はいるだろうし。
多少高くても需要はあるってわけだ。
けれど、そんな手間を掛ければ現地に届く頃には劣化してしまうのも当然だ。

今まで話に出なかったのは、量が少なかったから。
商品を集めて現地に持って行くまでの時間が短かったから、だからどうにか品質も持ったんだろう。
思っていたよりも上手くいったから、欲張って集める量を増やした。
結果、集めるのに時間が掛かってしまって、届く頃には品質も死んでしまうようになったって所だろう。


そのまま売れなくなる分には良いんだが。
性質が悪いことに、そこは無駄に売れてしまった俺達の名前(ネームバリュー)がある。
効かない様な気がしても気のせいだと買ってしまうし、初回の人間はそれこそ知らずに買ってしまう。
効果がなくても、気のせいだろうか、でもきっと効くはず、もっと続けてみようって心境だろうか。
それでも効かないものは効かない。
思ったより効き目がなかった、とか、または全然効かなかっただとか、そういう話が出てくるのも当然だろう。
俺達の評判まで落とさないでくれよなー。
まったくもって迷惑な話だ。

店主さん連中が気付いてくれてなかったら、どうなっていたことやら。
基本俺達は診察や買い付け、出入りの店に顔を出す以外は病人が居る場所位しかあんまり外に出ないし、そのまま気付かないうちに噂が悪い方向に転がってたらと思うと怖すぎる。
大人数の子供達抱えて路頭に迷うとか、絶対嫌だ。
俺や彦、土岐に喜一君は父上、ひいては俺の家で養って貰えるけど、子供達の生活費は売り上げから出てるんだぞ、まったく。


一通り土産を披露し終わる頃には、さすがに大分と時間が経っていた。

基本的に、この時代は就寝時間が早いけど、それに輪を掛けて早寝が必要な年少の子供達を寝かしつける。
久々に会う兄姉達や土産に浮かれていた子供達も、さすがに眠気には勝てないのか、大人しく布団に入った。
はしゃぎ疲れたのもあるだろうが、日が昇りきる前に採取が必要な薬草を採取したりする必要がある為に、普段からうちは早起きなのだ。
幼い子達もそれを習慣付けている。
布団に入ってすぐ、今頃ぐっすり夢の中だろう。

一人、また一人と弟妹達を寝かしつけ終わった者から広間に戻って来た者達に目を向ける。
早起きはしても、まだまだ昼寝の時間が必要なちび助達もそうなら、年長組もしっかりと早起きができる。
もっとも、こちらは昼寝は必要ないが。

それでもあまり夜更かしはさせたくはないな、と思いながら再び広間に集まって来た子達を見やる。
子達、と言いながら、実際には俺よりも年長の子供も多いんだが。
夜通しというわけにはいかないけど、家族会議をしないとね。

はてさて、どうしたものやら。


落ち着いたらまた連絡します。

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