HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > 番外 ひとごころふたごころ

「なぜだ?私達が悪かったのか?確かに乗り遅れた感は否めないが、私達だってこの町で商いをしているのは同じなのだよ?私も商人だ。伝の大切さは身に沁みてわかっているはずだったが、ここまで一つのコネのために不自由する羽目になるとは。」

兎の跋扈する町で、そのコネに入り込むことが出来なかったということは、頭を押さえつけられているに等しい。
もがき、その耳を掴んでやろうと手を伸ばしても、兎の周囲を取り囲む存在に背を踏みつけにされる。
お前達と私とで何が違う。
先にお前達が出会った、ただそれだけなのに、気が付いた時にはすでに獲物は巣穴の奥。
穴の脇には先客である番人。
漏れ出す醴泉を啜り、不死の生を謳歌出来るのは、共に月に住まう嫦娥だけ。
一度男の元をすり抜けた機会は、二度とは巡ってこない。

















「お願いだっ!どうにか話をつけてくれないだろうか!」

店の片隅、人目を避ける様に移動させられた場所で頭を下げる。

「駄目だ駄目だ。あれは数が少なくて、この周辺でも扱える店は限られてるんだ。他に回してる余裕なんかないんだよ。」
「そこをなんとかっ!どうか、頼みます。この通り!」

すでに何度も繰り返されたやり取りだが、それでも引き下がる訳にはいかない。

「あんたもしつこいねえ。なんと言われたって、そんなこと出来る筈がないよ。うちだって自分の所だけで手一杯だ。」

この町では、身奇麗にすることが喜ばれる。
それを鑑みれば、男は町の人間ではない。
先ほどから頭を下げ続ける男は旅装束に身を包み、叩けば埃が出そうな風情である。

頭を下げられ続ける側である店主は迷惑そうに、すでにまともに相手をする気も失せたのか、まともに向き合うこともせずに手仕事をこなす。

「ならせめて!直接話をさせて貰えないだろうか!」
「……無駄だよ。今までも話が出なかった訳じゃない。正直に言えばもっと品を卸して貰いたいと私達だって思ってる。でもあいつらは、うんと言わないんだ。」

うっすらと砂埃で茶けて見える髪を持つ男は、このやたらと浮かれた町にしか希望がないのであった。

「なあ、頼むよ。後生だから…俺にはもうこれしかないんだ。」

多くの湯屋を持つ町を訪れたにも関わらず、砂を落とす間すら惜しんで男が頭を下げているのには訳がある。
男は、親の代から土地を回り、様々な小物を扱う行商の出であった。
土地に店を構えず、自分達で背負える限りの品を売り歩き、それで生計を立てる生活を常としていた。
特別に儲けが出るわけではないが、日々を生きるには十分な糧であった。

「気の毒だがね。私に出来ることはないんだよ。ここで粘っていてもどうにもならんよ。別の道を探した方が賢いってもんだ。さあさ、うちも暇なわけじゃないんだ。もうすぐ人が来る約束があるんだ。悪いが出て行っておくれ。」

生活する分には申し分のないだけの稼ぎは手に入れることが出来ていたのに、なぜ男はこれだけ食い下がっているのか。
話は単純だ。
男には年老いた両親がいる。
今は男に行商を任せ、鄙びた場所に住み着いてはいるが、その両親の具合が最近は良くないのだ。
すでに一端の男に成長した男の親だ。それなりの年齢であるのは当然で、だからこそきつい行商を止めて静養しているとも言える。
特別何が悪い訳ではない。
ただ、年と共に弱っているだけだ。老いが、男の両親を弱らせていた。

















「それが私の才の限界であったというなら潔く諦めもつこうよ。だが、違うだろう?私が甘んじている理由は、ただ機会を得られなかったということだけ。彼らは出会い、私は出会わなかった。違いがそれだけであるならば、諦めのつこうはずがない。」

見苦しく、ただ時流を逃した自分をわかってはいても、それでもその流れを手に入れたいのだ。
それは常に先を目指す人間としてはある意味正しく、けれども無様だ。

だがそれをわかってはいても、流れに身を任せて水底に沈むことは出来ない。
今まで培ってきた、今自分が立つことの出来る理由。
商売人として生きる為に、今まで努力してきた過去がある限り、時流を掴む計画を立てることを止められない。

















さすがに辟易した様子の店主に腕を掴まれ、半ば無理矢理立たされた男は、そのまま店の表へと押し出される。
何とか心変わりして貰えないだろうかと思って口を開くが、咄嗟には何も出てこない。
男にも、多少どころかかなりの無理を言っている自覚はある。
本来であるなら、こんな無理なことを言い出すこともなかっただろうほどには、男は誠実であった。
後ろめたいことがあるだけに、これ以上の言葉が出てこなかった。

「……はあ……」

そのまま往来まで押し出された男は、どこを見やるでもなく溜息を付く。
目的を果たせなかった無念の溜息。
良心に蓋をして、人を不快にさせる行動を取らざるを得ない自分への溜息。

それでも、男にはそうするしかなかった。

老いた両親を土地に置き、これからは己の才覚だけで商売をしていくのだという高ぶりが男を惑わせた。
堅実に、分を忘れずに商売をすること。
散々言い聞かされていたはずの父親の教えは、一人立ちに胸を振るわせる男を踏みとどまらせることは出来なかった。
老い先短い両親を安心させてやる、そう思ってのことだった。
だが実際には、男の元には堅実な稼ぎどころか大損としか言いようのない結果しか残らなかった。

「自分が悪いのは、わかってるんだがなあ…」

憂鬱な思いは、溜息と共に何度吐き出しても消えてくれない。

ざり、ざり、と足を引き摺るように小道を歩く。

最後の希望と思ってやって来た町は、聞いていた評判の通りににぎやかで、とても大通りを歩く気分にはなれなかった。
背負った葛篭には今はほとんど何も入っていない。
ここまで来る為の旅費を稼ぐ為に売ってしまったし、入れたいと願った品は仕入れることが出来なかった。
この町は普段男が行商をする地域からは少しずれている。
後払いで品を手に入れることは難しいだろう。

都合良くいくと思い込んで、後先考えずにここまで来てしまった自分が恨めしい。
まだ慣れた土地であったなら、馴染みに頼み込んで後払いにして貰う事だってできたかも知れないのに。
夢を見ると、全てが上手くいくと思い込んで突っ走ってしまう。
それが親と離れてからようやく自覚してきた自分の悪癖だった。

賑やかな通りから無意識に離れ、今の気分を表すように狭い方へ暗い方へと引き寄せられる。
手持ちの金はもはやそれほど残ってはいないし、途中で仕入れることもしなかった為に売る物も碌にない。
どうにかして日雇いの仕事でも探して金を工面するしかないのか。
帰りを待ちわびているだろう両親のことが気に掛かる。
新しく品を買い揃えて、再び元の土地に戻るためにかかる支度金を揃える為には、どの位の期間働けば手に入るだろうか。

「申し……。申し、そこの方。」

ふと気がつけば小道の奥、少し入った所にある建物の裏戸から呼ぶ声がある。

「はあ、私でございますか?」

見れば、どこかの店の裏戸から声を掛けられたらしい。
半身を隠した相手が、はばかるように手を招いていた。
自分になんのようだろうか。
見た目からして行商だとはわかっているのだろうが、自分はあまり多くの商品を商ってはいない。
せいぜい、町から町へ、村から村へと渡り歩き、人様の軒先で物を売らせて貰う程度だ。

「あなた様でございます。主人から是非にお目通りして頂く様にと仰せ付かりました。」
「はて。手前はしがない行商でしかありません。一体なんの御用でしょうか?」
「私には何も。詳しい話は直接聞いて頂いた方がよろしいかと。」

















「薬草水の、転売……」

聞かされた話に、思わず眉間に皺が寄る。

薬草水。
知らぬ物ではない。なんと言っても、自分もそれが欲しくて普段は立ち寄らぬ土地まで足を伸ばして来たのだ。

「然様にございます。あなた様も知っての通り、玉兎の薬草水はこの町でしか売られていない。あれを外で売ることが出来るとすれば、悪い話ではないでしょう?」

それは知っている。
あれはこの町でのみ売られている物だ。
だがその効能は口伝に広まり、だからこそ自分もこの町に来たと言える。
首尾良くそれを仕入れて、己がそれを商えないかと思って。

「薬草水を卸してるって店にはもう話をしたんだが、あれは外で売らないことが条件にされてるんだって話じゃなかったかい?」

頭の回りが悪いわけじゃない。
けれど、つい口に出していた。

「良くご存知で。あなたもおそらくお聞きになったでしょうが、あれはこの付近の薬師が作ってましてね。早く使う物だから、町から外で売らないようにと言って他所の商人には商わせないんですよ。」

にっこりと、人好きのする顔で微笑まれる。
商人なんてそんなものだ。
笑うことの出来ない商人なぞいない。

「それも聞いた。どうにかして仕入れられないかと思ったんだが、いくら頼み込んでも断られてしまった。」
「ええ、そりゃあそうでしょうねえ。卸の大元を仕切ってる店の主人は、あいつらと懇意でね。あそこからの商品を取り巻きと一緒にほぼ独占してる。」

男を招きいれた店の主人はにこりと、満面の笑顔で肯定する。
だがその口から出る声は少々不愉快に高く、隠そうともしていない毒が感じ取れた。

今は背から降ろした葛篭は軽く、碌に物も入ってはいない。
己を待つ老いた両親。
先の取引で失った金。
日雇いで稼ぐには、どれほどか。

「なんで俺なんだ?俺なんかに声を掛けなくても、あんたはこの町の人間だ。堂々とあれを扱えるだろう。」

甘い話だ。
男にとっては、渡りに船。
たとえ多少海が荒れていたとしても、それでも船は船だ。

「ここに店を構えているからですよ。町で商売をしているからこそ、うちではあれを外に出せない。」
「ここだから?」
「考えても見て下さい。卸はあなたも知っての通り、薬師と懇意の店が一括で引き受けている。逆に言えば、どの店にどの量を卸したのか、全部把握されているんですよ。」
「…………」

卸した量が把握されている。
しかも元々制限された量の品を。

目の前にいる店の店主が外に品を持ち出したいとしても、絶対量が少ない品なだけに、自分の店で売るのと別の土地で売るのとを分けては怪しまれる。
店先で売る量を減らせばあからさまだし、かといって少量だけ持ち出すには経費が掛かり過ぎる。
いくら希少な品だとはいえ、運ぶ為の人手や経費を考えればある程度の量は持ち出さなければ利益にはならない。

男がいぶかしむのは百も承知なのか。
店主は素直に自分の手札を晒してきた。
だが、男が代わりに品を運んだとしても、この店で商える量が増えない限りは同じだ。
利益よりも損が上回ってしまっては仕方がない。

「運び手には心当たりがあります。あなたは先導して下されば良い。数を集めるのも、定数を揃えるまでの場所も用意しましょう。」

ずいぶんと手際が良いことだ。
次々に手札を明かしてきて、あちらの益はどこにあるのか。

「そこまで用意できるのならば、ますますなぜ俺なんだ。集めるのも運ぶのも出来ると言うのなら俺が関わる必要がないように思えるんだが。」
「私共は、あくまでも町に根付いて商いをしております。私共が外で商いなど、そうそう簡単に出来るものではありません。」

内心、あまりの状況の変化に頭を抱える。
話はわかった。
だが、即答するには、男はそれほど擦れていたわけではなかった。

特別なことがない限り、決まった仕入れをする商人が別の土地で伝を作るのは一朝一夕では出来ない。
かといって、おおっぴらに伝を探すことも出来ない。
そこで見つけたのが行商をしていた男だったのだ。
一人くらいであれば、通常の仕入れの者達に混ざってしまえば誤魔化すことも出来る。
先導し、繋ぎを取ることの出来る人間がいれば、あとの人間はただ運ぶだけで良い。

出来ないことじゃない。
むしろ、店主の協力さえあれば可能だろう。
だが、男には素直に同意するあくどさも、きっぱりと断る潔さもなかった。

「不躾ではありますが、こちらに来る前の土地で大分と損をなされたのをうちの仕入れの一人が見ておりました。そのあなたをこの土地でお見掛けしたのも何かのご縁。そちらにとっても悪い話ではないと思いますが?」

男が行商をしていた土地で見掛けたのなら、男の身の上はすでに聞いているのだろう。
だからこそ、もしも発覚すれば立場の危うくなるような話を持ち掛けて来る。

「一つだけ教えてくれ。今のままでも商いを続けられるだろうに、なんでそこまでするんだ?」
「何、簡単なことですよ。飼い殺しにされることを厭わないのなら、檻の中でただ餌を与えられるのを待つだけで良い。けれど、私はどうしても人に飼われることは我慢がならない。ましてや、檻に囚われた理由が昼寝をしていたからだとしたら、従順に飼い主の手を舐めてやる必要もないでしょう?」

その笑顔の裏に胸中で荒れ狂う憤りを隠し、それでも綺麗に笑んでみせる商売人の見本の様な男は、目の前にいる茶けた髪をした男に取れる選択肢がとても少ないことを厭らしい程わかっていた。

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