HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > 番外 古巣

あそこに行けば飯が食えるから。



そう言われて。


そして私は捨てられた。



兄弟は多かった。
それは子供でさえ労働力として数えられる農村ではどこの家も同じ。
そして貧しいわりに家族が多いせいで皆が皆、貧しい生活をしていることも。



これまでも幾度かあった。
前日までは確かに居たはずの子供達、老人達が。

いつのまにやら姿を消しているのだ。

誰に聞いた話ではない。

それを見たわけでもない。

けれど。

漠然と悟っていた。

彼らは捨てられたのだと。


それが今度は自分の番になっただけ。




村から一番近い町で、時折聞くようになった名前。
峠をいくつか越えた町で、孤児達が集まって生活しているらしい。
どこで聞いてきたのか、両親が言うにはそこに行けば世話をしてくれると言う。

はっきり言われなくてもわかる。

私のことが邪魔になったのだ。

豊かと言うわけでもない畑を耕すだけでは、もう生活をすることができないのだろう。
だから私の番になった。
そういうことだ。

不思議と怒りはわかない。

子供でも、大人と変わりなく働いていたからわかる。
限界だったのだ。

誰かの分を減らさなければ、今年の冬は越せない。

逆に言えば、誰かが減れば、残りの家族は冬を越せるかもしれない。






怒りはなかった。

ただ、悲しいと。

寂しいと。

そう思いはしても、それでも私が村を出ることは決まっているのだ。




もう私はここに居られない。
幼いといってもそれはわかる。

けれど。

最後と思ってか、背を撫でる父の手のひらに。
せめて、となけなしの食料を持たせてくれる母の耐えるような顔に。

泣くことはしまいと思った。
泣けば、両親を悲しませる。

そして、泣いてどうなるものでもないのだ。





時折、町まで行商に出ることもある。
両親から聞かされずとも、村で聞いたことがなくとも、耳に入る話はあるのだ。

口減らし。

子捨て。

そして女衒。


直接両親に手を掛けられるよりも、山の中で衰弱を待つだけよりも、女郎として売られるよりも。

たとえ男であろうとも、奉公に出られる人数は限られる。

私の境遇はいくらかましだったのだろう。

たとえ、その目指す先が、噂でしか聞いたことのない、信憑性に欠ける話でしかなくても。





玉兎という集団が本当にいるのかわからない。
けど、私の向かう先はそこしかないのだ。





私の背をじっと見る両親に見送られ、生まれた村を後にした。

父も、母も、そして兄弟たちも、決して家から出て見送りはしなかった。

じっと、耐えるように別れを迎えた。

家と外の境目。

そこが何かの境界だとでも言うように。











生まれ育った村をあとにし、峠を越えて。

普段行商で訪れる町をも越えて。


今まで来たこともないほど離れた山中に立った。


今まで見たことのない景色。

知り合いの居るはずもない土地。




誰もいない峠で、声もなく、私は泣いた。





悲しい、悲しい、悲しい。

そして寂しい。

貧しい村に、たくさんの兄弟と共に生まれてしまったのがいけなかったのか。

あと一つ先に、それともあと一つ後に生まれてきていたら、そうしたら家に居られたのだろうか。

考えても詮無いこと。
そう考えても、悲しみも、虚しさも変わりはしない。

泣いて、泣いて泣き続けて。

体力の限界まで泣き続けた。


それが、私が両親の子だった最後の時。


最後の一滴まで泣き尽した私は、玉兎が居るという町を目指して歩いた。








本当は、玉兎があってもなくても関係なかった。
ただ、両親との最後の約束に従って足を進めていただけだったのだ。

結果として、食料も尽き、飢え死に寸前の体でたどり着いた町で拾われ、私も玉兎の一員となっただけだ。

あの頃とはまったく違う、新しい家族とも言える仲間達と過ごす日々。

ここが、ここだけが、私の存在していい最後の場所なのだ。

両親や兄弟達と田畑を耕していた私はもういない。

居るのは、玉兎として生活する私。



白兎様は言う。

周辺の農村と取引をするようになったから、と。

けど、違うんです。

遠慮なんかしていない。
憎んでもいない。
寂しいのとも違うんです。

あそこは、ただただ悲しい思い出のある場所。

両親と、兄弟達と、幸せに生きる未来を作れなかった場所。

後悔してるわけじゃない。
だって、自分にはどうしようもないことだった。
両親にも、村の誰にもどうしようもなかったことなんです。

あの峠を越えた時、私は「両親の子」じゃなくなった。
凄く悲しかったけど、泣いて泣いて、それでも受け入れたことなんです。

今の私の家はここ。

白兎様と、彦様と。
玉兎の兄様方に優しい姉様方。

たくさん居る兄弟達が私の家族。



だから、良いんです、白兎様。

私のお家はここ。

本編 59へ

表紙へもどる
分かれ道へ戻る
保管庫へ戻る