HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > 外伝 牛とばず1

一瞬、何かを想った。

確かに何かがあったはずなのに、それが何だったのか。

不思議な心の動きが気になって、動きを止めた。

改めて考えてみて悟った。

ああ、自分は――――。













家同士の決まり事で娶った妻とはいえ、それなりに大切にしていたと思う。
穏やかな性質の彼女と共に過ごす時間を、おそらく自分は気に入っていたのだと思う。
お家の繋がりの為、確かにそれが理由で繋がれた仲だった。

激しく欲し合う、そんな理由で夫婦になることなど自分達には縁のないこと。
ましてや、己は家を背負い立たなければならない立場に居たのだから。
何よりも優先しなければいけないのは、己の立場をわきまえ、相応しい振る舞いをすること。

それを考えれば、彼女はよく出来た妻だった。
夫を立て、控えめにありながら、自分の責を忘れることもない。



その態度に、満足していた。

幼い頃より当主となるべく育てられ、自らもそうあるべきと納得していた。

押し流される様な激しい感情は持ち合わせていなかった。
ただ、静かに、滔々と流れる様な、穏やかな時間だった。


けれど、その笑顔を見ることはもうない。
















昨日まで当然だったことが今日は違う。

その差異に戸惑ったのだろう。

自分の意識の範疇外。

無意識のうちに、今までの当然を期待し、現実に裏切られ。

そうして感じた虚ろが、「何か」の正体だったのだ。

もう元には戻らない。

頭で理解していても、無意識のうちに以前の日常を当然と感じてしまい、差異を感じる。






今日は寒い。

彼女の為に、敷物を。


そこまで考えて、驚きと失望と、虚しさと戸惑いと。

あるはずのものがない。

奥底で澱んでいる様な、暴れているような、「何か」。

まだ慣れることのできていない自分に対する驚愕。







また、何かを感じる。


ふとした拍子に、彼女の名前を呼ぼうとしていた。

無意識に、彼女の姿を探していた。



自分の中の記憶がせめぎ合い、その度に現実がぶれる感覚を覚える。

悲しくはない。

事実、もう涙は出ないのだ。

泣き喚くことも、呆然とへたり込むこともない。


けれど。

けれど、どこか。

どこか、胸の奥が重苦しい。

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