HOME > 兎穴の分かれ道 > 保管庫 > 早く隠居したい~マヨネーズを目指して~ > おまけ 玉兎寮のある日の一日

柔らかい光が室内に差し込んでくる。

そろそろ乳母が起こしにやってくる頃だろうか。
そこまで考えて、普段生活している部屋と違った天井が目に入った。

そうか、昨日は子供達にせがまれて、玉兎寮に泊まったのだ。

俺が身体を起こしたのと同時に、丁度俺を起こしに来たのだろう、土岐の声が聞こえてきた。

「おはようございます、白兎様。今日も良い天気ですよ」








●朝の体操

いち、にー、さん、しっ!

寮の中心にある中庭に、元気の良い掛け声が響く。

この位の年齢の子供は、どんなことでも楽しんでしまう。
まったく、幸せになる天才である。

調子の悪そうな子供がいないのに安心しながら、俺も寝起きの身体を伸ばしていく。
腰を伸ばす体操に差し掛かった時、ふと後ろから歓声が聞こえた。

「こら!後ろから飛びつくんじゃない。危うく転ぶ所だったじゃないか。」

今日も土岐は、子供達の良い的になっているようだ。






●朝食

「白兎様ー、今日の卵焼き、私が焼いたの。美味しくできた?」

最近やっと調理場に出入りさせて貰える様になったと、嬉しそうに報告して来ていた子供が笑い掛けて来る。
小さな手で一生懸命作ったのだろう卵焼きは、少し形が崩れていた。
だが、俺にとっては文句なしで美味しい。

皆で一緒に食事を取る為に使っている広間は、調理場の前を通るのだ。
さきほど、中から聞こえてきていた声はこの子だったのだろう。

白兎様の卵焼きを焼かせて貰えるのか、と嬉しそうにはしゃいでいた声を思い出す。
ちらりと垣間見えた調理場では、誰に吹き込まれたのか、美味しくなーれ、美味しくなーれ、と言いながら火に向かう子供の後ろ姿があった。

そんなに一生懸命作って貰ったのだ。
美味しくないはずがない。

そう思いながら、くしゃくしゃと、手触りの良い髪をかき混ぜてやった。






●お勉強の時間 薬学

「――――――と言う訳で、粉末状になったこの薬は、患者にとっては薬にもなるけど、健康な人間が摂取すると逆に身体に変調をきたす。扱う時は慎重に、周囲の人間にも気を付けて使うんだ。」

並んで座った子供達の前で、薬草について講義するのも、少し年かさではあるものの、同じく子供である。

玉兎寮の中では、割と馴染みの風景だ。
薬草について講義しているのは、他の皆より早くに薬学を学び始めた少年。
自分の学んだことの復習にもなるようにと、幼い子や、最近学び始めた子供達の教師役に回したのだ。
時たま、手作りの薬学手帳をめくって、確認を取りながら勉強を進めて行くのはご愛嬌。
何度も反復することで身に付くし、幼い子供達の勉強にもなって一石二鳥の方法なのである。

この子はまだ年齢的に外には出せない。
だが、すでに玉兎寮から出ても大丈夫な年齢の子供達の中には、あえてここに残って先生役をしてくれている子達もいる。
俺や彦、それから時たま講師の代わりをしてくれる猟師さん達だけでは手が回らない時もある。
俺達に代わって後輩の先生役を務めてくれる存在は、とても心強い。
彼らは言うなれば、教師兼院生みたいな物だろうか。
配合を変えたり、成分を調べたり、この前は効果はそのままで苦味の少ない薬を作り出してくれた。
おかげで薬を飲ませる時、逃げ出す子供が減って助かった。






●お勉強の時間 国学
「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは―――」

舌ったらずな声で、懸命に覚えた内容を聞かせてくれる。

生活に直接必要のあることではないけど、知っていれば意外な所で役に立つこともある。
何より、自分の国のことなのだ。
知っていて損はない。
最低限以外は、子供達の興味の向くまま好きな事を学ばせている。
古文や短歌が好きな子供もいれば、漢文が大好きな子も。
みんな素直に教わったことを覚えて吸収するので、中には俺よりも歴史に詳しい子なんかもいるし。
現代では勉強は半分以上強制で学んでいたものだが、この子達が本当に嬉しそうに勉強しているのを見ると嬉しい。
今度町に出かけた時にでも、新しい書物を探してきてやろう。








●教養 茶道

「足しびれたー!」

正座はいつか慣れなければ暮らしていけないのだが。
ごろごろと転がる子供達の群れをみていると、顔が笑顔から戻らない。
一応教養兼、頭の休憩として取り入れているが、子供達の可愛い姿を見たいのもあるかも知れない。

いや、玉兎の性質上、大店の店主とかとも会う機会がある。
必然的に、必須科目ではあるのだが。

毎回、この姿を見るとなんとも和んでしまう。







●体育 鬼ごっこ

「―――ぅっきゃー!!!土岐さまー!土岐さまー!」

ものすごい楽しそうだ。

駆け回っている子供達の笑顔がまぶしい。
そして、鈴生りに子供達をぶら下げた土岐がすごいことになっている。

元気に外を走る子供達。
健康な証拠である。
駆け回る場所の中に屋根がなぜか入ってたり、木に登って逃げる子がいなければもう少し安心して見ていられるんだが。

あ、屋根から飛び降りた子に彦が捕まった。
彦、鬼だな。

さすがにこれには俺は混ざれない。
なぜなら熱を出すから。

庭の片隅の日陰に座りながら、暖かく見守った。









●教養 歌 兼お昼寝

「~~~~~~♪」

走り回って掻いた汗を拭いた後は、木陰に集まって歌を歌ったり、楽を奏でたりする。
今日は早いうちに彦に鬼が回ったからか、疲れて眠っている子も多い。

それを気にしてか、選曲は子守唄である。
いつの間にやらやってきた小望達の腹を枕に眠っている子供達もいる。
夢の中でも遊んでいるのか、コロコロ転がる子がいれば、一緒に足をピクピクさせている狼がいたりする。

さすがにバテて寝転がる彦と、さらにその上に寝転がる小望のしっぽを堪能しながら、可愛い子供達の歌に耳を澄ませた。









●薬草水の作成

「こもちー!ここもちー!あかこもちー!」

川辺に場所を移して、収入の大本である薬草水を精製する。

と言っても、種類ごとにパイプを取り替えたり、隙間がない様にチェックしてしまえば、あとは火が消えないように見ておけばやることはないのである。

すでに自由時間の子供達ではあるが、料理当番の子供達以外、大半の子供達は一緒に川辺にやって来て遊んでいる。
時折、見知った薬草を見つけてはきちんと収穫して見せびらかしに来てくれたり。
川底の浅い場所では、小望やその子供達も巻き込んで水遊びが勃発しているようだ。

だが、名付けたつもりなのか、それとも今だけ区別が付けばいいのか。
そのネーミングセンスはどうかと思う。








●入浴

「九十九ー、ひゃーくっ!」

階下から子供達の声が聞こえてくる。

いくら大きめに作ってあったとしても、人数から考えれば何度かに分けて入らなければいけない。
先に風呂から上がった子供達は、風呂の二階に集まってそれぞれ自由に髪が乾くのを待っている。

年少の子の髪を梳かしてやりながら、残りの焼き石の数とこれから風呂に入る子供達の人数を反芻する。
今日は俺と一緒に一番初めに入った人数が多かったので、少しくらい長風呂になっても大丈夫な位が残っている。
この分なら、追加の石はいらないだろう。

ねだられるままに、御伽噺を話してやって、髪が乾いた所で今日はお別れである。
さすがに、連日離れを空ける訳にはいかない。










●帰路

「――――ァオーン――」

離れた場所から小望の遠吠えが聞こえてくる。

さすがに、何年も一緒にいると声だけでも聞き分けができるようにはなっている。
山に足を踏み入れるといつもどこからともなく現れる、本当の意味での送り狼を共に従えながら、離れの方向へ足を向ける。

普段から慣れ親しんでいる山だからという理由もあるが、いつの頃からか、狼達が先導してくれるようになった。
視界の先でふらふらと揺られる、触り心地の良い尻尾を目で追いながら道を進む。
この子達は、小望の末だったか、それとも血の繋がりはなかったのだったか。

ずいぶんと懐かれたものだ。



しばらく道を進むと、眼下に離れが映った。
その場に留まった狼達は、俺達が離れの門の所までたどり着いた事を確認すると、ふらりと姿を消した。

先に休んでいるように言い置いておいた乳母は、布団の支度だけしてすでに寝ているようだ。
そっと、音を立てないように建物に滑り込む。



「お休み、彦。良い夢を。」

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